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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)293号 判決 1985年7月09日

原告

ポルテカブ

右代表者

エリック・ユッケル

右訴訟代理人弁理士

猪股清

弁護士

藤本博光

吉武賢次

神谷巖

弁理士

玉真正美

被告

特許庁長官志賀学

右指定代理人

岡部恵行

外一名

主文

特許庁が、同庁昭和四九年審判第七〇六四号事件について、昭和五十六年六月三十日にした審決は取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

訴外ソシエテ・ド・ルシェルシェ・アン・マティエール・ド・ミクロ・モントゥール・エレクトリック・ソクレムは、名称を「磁気回路が堅い磁性体の薄層から成るモータ装置」(後に、「電気モータ装置」と訂正し、更に昭和五十六年六月五日付手続補正書により「マイクロモータ」と訂正)とする発明につき、一九六八年(昭和四十三年)五月十日フランス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四十四年五月十日特許出願(昭和四四年特許出願第三五五五二号)をしたところ、昭和四十九年四月二十二日拒絶査定を受けたので、同年八月二十六日、これに対する審判の請求をし、同年審判第七〇六四号事件として審理された。原告は、昭和五十一年三月四日訴外人から本願特許を受ける権利を譲り受け、昭和五十四年九月二十六日その旨特許庁長官に届出をし、昭和五十六年六月五日、発明の名称、特許請求の範囲、図面、発明の詳細な説明を訂正(図面及び発明の詳細な説明についてはその一部分を訂正)する手続補正書を提出した。しかるに、特許庁は、同日、審理終結通知を原告宛に発送し、次いで同月三十日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年八月八日原告に送達された(出訴期間として三か月附加)。

二  審決の理由の要点

本願発明は、昭和五十年十二月四日付全文補正明細書と昭和四十七年九月二十五日付補正図面並びに昭和五十六年二月十七日付補正書(補正図面を含む)の記載からみて、電気モータ装置に関するものと認められるところ、昭和五十五年九月三〇日付拒絶理由通知書をもつて、本願発明の目的、構成及び効果について不明瞭な点並びに特許請求の範囲の記載の不備な点などを、二九項目にわたつて指摘し、本願は明細書及び図面の記載が不備であるから特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていない旨拒絶理由を通知した。

請求人(原告)は、意見書に代え前記昭和五十六年二月十七日付補正書(補正図面を含む)を提出したが、同補正書によつても、右拒絶理由のうち、第七、第九、第一五、一六、第二二ないし第二四、第二六ないし第二八の各項で指摘した箇所はいぜんとして不備である。すなわち、第七、九項について、「H・L+U1=B・e」がラプラス方程式からいかにして導出されるのか不明であり、また磁気圧「P=B2/8π」の導出過程も不明である。第一五項について、有極装置特有の技術手段を無極装置についても該当するとはいかなることをいうのか不明である。第一六項について、補正によつても「X<0.1の範囲に選べば」なる記載があり、特許請求の範囲の「X<1」なる限度とは整合せず不明瞭である。第二二項について、補正によつても静止トルク(静止時残留トルク)は電流トルクに対し起動時及び動作中どのような影響を与えるのか不明である。第二三項について、補正による「(X<0.1程度)」の記載も特許請求の範囲の「X<1」なる限定と整合せず不明瞭である。第二四項について、補正された図面(第4a図)では、円筒壁部24は固定子の磁極と同じピッチで交互の正負極性で磁化されておらないばかりでなく、たとえ図示のように磁化されるものとしても、いかにしてそのような磁化が生じ、またいかにして円筒壁部が回転駆動されるのかも不明である。第二六項について、磁極25cは、なぜギャップの軸方向長が短いときだけ作用するのか不明である。第二七項について、不明瞭であると指摘した文章を補正により削除したため、いかにして歩進動作しうるのか不明瞭である。第二八項について、指摘箇所を同じく削除したため、いかにして定符号パルスで付勢できるのか不明瞭である。

以上のとおりであるから、本願明細書及び図面の記載は不明瞭であつて、当業技術者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果について記載しておらず、また特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項のみを明確に記載しているものとは認められないから、本願は特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、以下に述べるとおり、適法に補正された明細書及び図面について審理判断をしなければならないのにこれが審理判断を遺脱した違法があるから、取り消されるべきものである。即ち、前記のとおり、原告は、本願について昭和五十六年六月五日、同日付手続補正書(以下、「本件補正書」という。)を特許庁に提出して明細書の特許請求の範囲の全部及び図面、発明の詳細な説明の一部のほか発明の名称を補正した。したがつて、特許庁は、本件審決に当たり、当然本件補正書による補正後の明細書及び図面に基づいて判断しなければならないのに、本件審決は右明細書及び図面についての判断を遺脱した。なお、本件審判手続において、審理終結通知は昭和五十六年六月五日発送され、同月六日に原告に到達したのであるから、本件補正書による補正は、審理終結通知が原告に到達する前に提出されたのである。そして、本件補正書による補正後は勿論、同補正前の明細書(補正を含む)によつても、昭和五十五年九月三十日付拒絶理由通知書によつて指摘され、かつ本件審決で取り上げられた不明瞭ないし不備なるものも、もともとその技術内容が明瞭であり、若しくはすべて不明瞭、不備が解消されていて、特許法第三六条第四項及び第五項の要件に欠けるところはない。

第三  被告の答弁

原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件審決の理由の要点が原告主張のとおりであることは認めるが、本件審決に原告主張の違法があることは争う。

もつとも、本件審判手続において審理終結通知が昭和五十六年六月五日発送され、同月六日原告に到達したこと、本件補正書が同月五日特許庁に提出され、したがつて審理終結通知が原告に到達する前に提出されたものであること、本件補正書が本願につき特許請求の範囲、図面、発明の詳細な説明及び発明の名称を補正するものであることいずれも原告主張のとおりである。

本件審決が審理判断の対象とした明細書及び図面は、審決書に明記のとおり昭和五十六年二月十七日付意見書に代わる手続補正書により補正された昭和五十年十二月四日付全文補正明細書、願書に最初に添附された図面第一ないし四、六及び八ないし一〇図、昭和四十七年九月二十五日付意見書に代え手続補正書(指令)により補正された図面第五及び一一図並びに前記意見書に代わる手続補正書により追加、訂正された図面第四及び七図であり、審理終結通知書の日付(昭和五十六年五月二十八日)において本件審決の案文作成が終了していたものであつて、本件補正書によつて補正された明細書及び図面は審理の対象としなかつたのである。然しながら、仮に本件補正書によつて本願の明細書及び図面の記載を審理判断したとしても、いぜんとして、本件審決が指摘しているところと同等の不備が存在するのであつて、特許法第三六条第四項及び第五項の要件を満たさないから、本件審決の結論に影響がなく、したがつて、本件審決に原告主張の違法があるということはできない。

第四  証拠関係<省略>

理由

一本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件審決を取り消すべき事由について判断する。

原告は、本件審決は本件補正書により補正された明細書及び図面について審理判断をしなければならないのに、これが審理判断を遺脱したと主張する。

1  本件審判手続において審理終結通知が昭和五十六年六月五日発送され、同月六日原告に到達したこと、本件補正書が同月五日特許庁に提出され、したがつて審理終結通知が原告に到達する前に提出されたものであること、本件補正書が本願につき、特許請求の範囲、図面、発明の詳細な説明及び発明の名称を補正するものであることは、当事者間に争いがない。そして、本件審決は、本件補正書によつて補正された明細書及び図面についてはこれを審理の対象にしなかつたことは被告の認めるところである。

2  右の事実によれば、本件審決が、本件補正書を審査資料として考慮に入れず、したがつて本件補正書によつて補正された明細書及び図面について何ら審理判断を加えなかつたことは明らかである。

3  ところで、特許出願人(原告)は出願公告前にはいつでも出願の補正をすることができ(本件出願については昭和四五年法律第九一号による改正前の特許法が適用されるものであるので、同法第一七条による。)、出願人(原告)に審理終結通知が到達する前に出願人(原告)から本件補正書が提出された場合には、これによつて補正された明細書及び図面を、当然、審理判断の対象とすべきものであるから、本件審決が、本件補正書による補正前の明細書及び図面について判断をしたにとどまり、その補正後のものについて審理判断をしなかつたことは、本件審決の結論に影響を及ぼすことのありうる事項について判断を遺脱したものであつて違法であるといわざるをえない。

4  被告は、本件補正書によつても、いぜんとして本件審決が指摘している本願明細書の不備は補われず、本件審決の結論に影響がないから、本件審決には原告主張の違法はない旨主張する。

然しながら、前記当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯に関する事実、<証拠>によると、次のような事実、即ち、本件出願に関し昭和四十九年八月二十六日本件審判請求がされたのち、原告は昭和五十年十二月四日手続補正書をもつて全文訂正明細書を提出したのに対し、昭和五十五年九月三日審判長から拒絶理由通知を受け、その補正を求める数は二九項目に及ぶものであるところ、原告はこれに対し、昭和五十六年二月十七日手続補正書をもつて特許請求の範囲の訂正を含め合計四九項目に及ぶ訂正もしくは削除の補正を行つてこれに答え、更に同年六月五日本件補正書を提出したものであること及び本件補正書による補正は特許請求の範囲の訂正を含め数項目にわたるものであることを認めることができるのであつて、右のような経緯にあるところからすれば、本件補正書により補正された明細書の記載には従前のものと異なるものがあることが推認され、したがつて、本件補正書による補正された明細書の記載に対する判断いかんによつて本件審決の結論が左右されないものとは断定し難いのみならず、前記のとおり本件審決は本件補正書による補正については明細書及び図面について審理判断をしなかつたものであるから、本件訴訟において、本件審決が審理判断しない本件補正書により補正された明細書及び図面の記載の適否にまで立ち入り、本件審決の結論に影響を及ぼさないものかどうかの判断をすることは、妥当ではないと考える。

したがつて、被告の右主張は、採用しない。

三よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋吉稔弘 裁判官竹田 稔 裁判官濵崎浩一)

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